月盗人第2弾は、多岐にわたり造詣深い文章を綴られる
seagull_bladeさまの
<仕事以外>から頂戴します。
Blue Moonのときにお届けいただき、そのときに犯行予告もしながら放置しておりました。
大変遅くなりまして申し訳ありません。
月下独酌。(李白)
花間 一壺の酒
独り酌んで相親しむ無し
杯を挙げて明月を邀(むか)え
影に対して三人と成る
月 既に飲むを解せず
影 徒にわが身に随(したが)う
暫く月と影を伴い
行楽 須らく春に及ぶべし
我歌えば月徘徊し
我舞えば影繚乱(りょうらん)す
醒時(せいじ)は同(とも)に交歓し
酔後は各(おのおの)分散す
永く無情の遊(ゆう)を結び
遙かなる雲漢(うんかん)に相期(あいき)す *雲漢・・・天の川
李白は好きです。唐の詩人のうちで一番好きです。
李白の中の一番!と言われれば、実はこの詩ではなく、迷わず『静夜思』ですが
それはきっとvariousmoonが
、「独りででも酒を呑むほどの酒好きではない」ため
酒好きの心境に感情移入しきれない部分がある、ただそれだけの差でしょう。
李白は酒を題材にした詩が多く、また月の詩も多いといわれています。
(最期も月を捕ろうとして舟から落ちたという有名な伝説があります)。
この詩は、いっしょに飲む相手がいないので
盃の中に月を招き、おのれの影とともに、「三人」で酒を酌み交わすさまを表しています。
そうして、正気のうちは歌い、舞い、楽しく酔います。
・・・ですが、酔うといつの間にか影は消え、月ももとの空に。
「三人」はそれぞればらばらになってしまうのです。
この五言古詩は最後の2句が絶品だと思いますが、
月と自分の影に向かって、
「感情の関与しないこのような清らかな交友関係をずっと続けていたい」と
そして「遥かな天の川の高みでまた逢いましょう」と呼びかけているのです。
李白はよほど、他人の感情が渦巻く場所で手痛い目に合っていたのでしょうか。
物言わぬ月と自分の影のみをかたわらにして、手酌で酒を飲む中年男・・・。
この景には、他者に対する痛烈な不信感と殺伐とした孤独感が、むきだしにされています。
「詩仙」と呼ばれ崇められた彼のことですから、
凡百の存在とは違う高みで、「他人に理解されない」という
まさに天才ゆえの悩みを抱えていたのでしょうか?
もっとも、最後の2句を「そう嘯いているだけ」と取ることもできるように思います。
「まぁ、また逢おうぜ♪」というように、月に向けて。影に向けて。明るく。
だとしたら、花を肴に(この花は、中国ですし、「花王」である牡丹ではないかと)、
夜空の月を盃に浮かべ、おのれの影を友とし、
「こういう独り酒も悪くないよな、うん」とか頷いたりしているのかもしれません。
それでも・・・「悪くない」とひとりごちる裏で、
ほのかに透ける憂愁が見える気がして、この解釈もまた捨て難いものがあります。
専門に漢詩をやっていたわけではないどころか、
高校の教科書レベル以上の知識はないので、
この解釈があっているのやら間違っているのやら、全く分かりません(苦笑)。
しっかりした分析は、seagull_bladeさまにお任せいたします。
ご興味がおありの方は、是非是非トラバ元記事に飛んでくださいませ。
「李白がブログを書いたらさぞかし面白いだろう。」・・・このくだりには思わず唸りました。